2013年12月15日日曜日

NO20 エグゼクティブコーチは戦友


エグゼクティブコーチは戦友

― 共に“見えない敵”と如何に戦うか ―

 

先般、あるクライアントの10か月に亘るエグゼクテイブコーチングが終了した。外資系企業の社長(以降Aさん)である。私と同年齢、元IT出身ということで共通の知り合いもいたり、また、私が外資系の社長経験者であったことで、コーチングを導入検討する際の面談(クライアントの方がコーチを選定するプロセス)でも、お互いの相性が上手くかみ合った形でスタートできたコーチングだった。

私が、全てのクライアントにコーチングの最終セッションでお聞きする質問が


「貴方にとってエグゼクテイブコーチとはどんな存在でしたか?」

 
である。クライアントに依って様々なのだが、先日のAさんの応えは特に「ジーン」とくるものがあった。彼は単刀直入にこう答えた。

 
「エグゼクテイブコーチは私にとっては戦友です」

 
それは、全く私の予想外のものでサプライズだった。それを受けての私の次の質問は、

 
「どういう意味で”戦友“と思われたのです?」

 
Aさん曰く、

 
「この10か月間、様々な難題に直面し、部下との人間関係も含めて、試行錯誤してきました。コーチングによって、いろいろな戦略実行の選択肢が増え、且つ、精神的にも支えられた場面が多かったです。社長という立場柄、誰もビジネスの相談をできる人がいませんからね・・・。」

 
更に続く。

 
「ビジネスは様々なシーンで戦いの連続です。リスクがいつ実現してしまうかも予測ができません。私の知らないところで、食材偽装の様に、コンプライアンス問題が起きているかもしれない、それが私に伝わってきていないかもしれない、などと考えると熟睡なんかできませんよ。まさに戦場ですよね。現場で一緒に戦ってくれるわけではありませんが、コーチングのセッションの時間だけでなく、緊密なやり取りや、会食などを通して、一緒に課題を共有して解決できたという意味で、“戦友”をいう単語がぴったりなんですよ!」。

 
クライアントの先にあるコーチからは“見えない”現場でクライアントが戦っている状況を理解することは、コーチ、特にエグゼクテイブコーチにとって難題の一つである。スポーツのコーチであれば、アスリートの演技やチームの戦いぶりが目の前で“見える”ので具体的に敵に勝つための具体的な指示が可能だ。しかしながら、コーチングでは、コーチは“コーチには見えない敵”とクライアントがどう戦っているのかを深く知る必要がある。

 
この“見えない敵”はクライアント・システムと呼ばれるもので、コーチングのクライアントを取り巻く様々な環境要因(部下、同僚、上司、顧客、トラブル、家族、プレッシャー、制度、文化など)のことであり、クライアントに襲い掛かる課題、難題の殆ど全ては、このクライアント・システムの中で発生する。従って、クライアント・システムを正確に理解することでコーチは初めてクライアントの現状を知ることができ、コーチングで効果的なセッションを実現できるというわけだ。

 
では、クライアント・システムを正確に理解する方法は何か?まずはクライアントのステイクホルダー(上司、部下等の関係者)からコーチングのスタート前にヒアリングと行うことである。所謂、「360度フィードバック」である。


ヒアリングでは、複数(通常5名)のステイクホルダーからクライアントの人間関係やクライアントの強み・改善点・期待することのみならず、クライアントがどんなクライアント・システムの中で何と“戦っているか”を質問で聞き出す必要がある。即ち、“戦場の様子とクライアントの状況”の把握だ。コーチには理論家の様に考え、リサーチャーの様に観察する「状況を聞き出す」力が求められるのである。

 
クライアントにヒアリング結果をフィードバックするという“第三者の視点でのクライアントの戦場での状況”に関するインプットは、クライアントが大きな地雷を踏むことなくチャレンジし続けるための大きな情報源や気づきとなる。その情報と気づきに基づいて、クライアントは行動変革のテーマと具体的な変革項目を決め行動変革を実践する様になるが、コーチは“見えないクライアント・システム”の中で行動変革を実践するクライアントに的確なコーチングをしなければならない。

 
ではどうやってコーチは行動変革の実践のモニター(実践しているかどうか)と組織への影響(実践が周囲に影響をどの程度与えているか)を把握することができるのであろうか。

 
クライアント本人への的確な質問は有効だ。有効な質問とは、本質に迫る質問であり、見失いがちな本質に気づかせる効果がある。実践度を加速させるには、本人の気づきと主体的な行動が必要だ。だが、その行動が“見えない敵”にどのように影響を与えているかはクライアント本人もコーチも知る術はない。

 
知り得るのは、ステイクホルダーからのフィードバックが唯一の方法である。フィードバックを中間地点でもらい、影響度をモニターし、後半の行動変革をギアチェンジする。“見えない敵”に勝つために、戦況を的確に分析し、戦略を練り直し、より効果の高い戦術で、最終的には勝利を収めることを目指すことと同じだ。

 
「戦友」とは、“敵”に対して共に戦い、勝利を共に味わう仲間である。コーチングの世界においては、コーチが、クライアント・システムの中で、コーチからは“見えない敵”にクライアントを勝利させるための極めて高度な「トコダチ作戦」である。両者の間に深い信頼関係がなければ実現しないことであり、その信頼関係は、クライアントがコーチの「引き出す力」で気づいたことを現場で小さな実験(実践)を試行錯誤し、その結果の小さな勝利の積み重ねから生まれるものであると確信できる。

 
エグゼクティブコーチングとは、こんな人間臭い人生劇場だからこそ、クライアントの行動変革が組織の成果に結びついた達成感に浸り、「戦友」としての勝利の美酒を酌みかわす楽しさも、また一層格別なのである。

 

以上