2012年12月23日日曜日

♪NO.11♪ 久野塾 第6回目(2012年最終回)

 
= グローバルリーダーを担う =


  12月8日(土)9:30~18:00で、第6回久野塾を開催致しました。会場は、英治出版ラボを第2回からお借りしています。天井、壁、床の全面を白一色で統一し、一部の壁のすべてがホワイトボードと本棚(英治出版の本がずらりと並んでいます)という「白熱教室」は、久野塾に最高の環境を提供してくれます。


 前回と今回、塾生とオブザーバーには、拙著、「世界基準ー8つの動き」(共著ぜんにち出版9月発売)と「独立成功のカギ」(共著、ミラクルマインド出版、11月発売)をプレゼントしました。前者は、ビジネスコーチ社主催の「本物のリーダーになるための8つの動き」セミナー(10,11,12月に5回開催)でテキストとして使用しました。後者はAmazonの「企業経営一般部門」で6位(12月23日現在)。11月25日の発売以降、1か月間、10位以内のランキングをキープしています。


 今回は、2期生候補のオブザーバーが多く参加してくれましたので、恐怖の「他己紹介」をいきなり実施しました(笑)。前回は「自己紹介」+フィードフォワード。今回は、2分という限られた時間でのヒアリング、2分間での他己紹介の後、塾生やアドバイザー全員から、フィードフォワード(手厳しいながらも前向きなアドバイス笑)の洗礼を受けることに・・・しかし、塾生ばかりでは不公平なので、塾長とアドバイザーも他己紹介を実践しました。ロールモデルとして緊張感がみなぎりました!笑

 塾では、年間6回のテーマを決めています。今回のテーマは、「ファイナンスとコンプライアンスの視点」。それぞれのテーマで、塾生には事前に課題が出されています(鈴井アドバイザー作成)。塾生全員が発表し、その内容について、まずは塾生とオブザーバーが質問+フィードフォワードをします。次に、アドバイザー(この日は4名)が、かなり厳しめの質問を投げかけ(久野塾のルールとして、「破壊的コメント」は事前に断ってからのみ許されています)、発表者の気づきを促し、思考の枠を広げるのをサポートします。アドバイザー全員が、現役の企業の社長、役員&経験者であり、プロフェッショナルコーチの資格保有者であるが故、塾生は少人数制の環境の中で「贅沢な」機会を得ることができています。

(課題)

1)    ファイナンスについて(課題:予算の作成)

これまでの久野塾で、「ビジネス」における「ビジョン」、「人脈」、「マーケティング」、「営業」等を考えてきましたが、その「ビジネス」を実践するとなれば、適正利益の創出と社会貢献というものが求められます。さらに、そのビジネスの準備・立上、継続のためにはお金が必要になります。そのお金の金額は、「予算」と呼ばれ、とりわけ、その準備・立上には多額の予算が必要になるケースがあります。

 
 各人が現在就労する会社の中でチャレンジしてみたい新たなビジネスの展開、または、起業してチャレンジしてみたいビジネスを成功させるためには、その準備・立上にはどれくらいのお金が必要なのでしょうか。今回は、その予算を別紙のテンプレートにしたがって考え、20分程度で久野塾の塾生の皆さんに説明し、その予算の承認を得てください。

事業内容そのものも大事ですが、今回のポイントは予算の精度です。様々な角度から必要な項目を考え、その金額を見積もってみてください。

 
              
 

2)     コンプライアンスについて(課題:企業不祥事への考察)

 昨今、大小様々な企業不祥事が発覚しています。証券会社における増資インサイダー、オリンパスの巨額損失の飛ばし、大王製紙の元会長の巨額借入、焼肉酒屋えびすでの集団食中毒、AIJの年金不正運用等々です。ここ1~2年に間に発覚したこうした不祥事の中から、皆さんが興味のあるものを一つ選んでいただき、それに対する個々人の意見を10分程度で発表してください。


 特別講義は、鈴井アドバイザーが90分間担当しました。ビジネスでグローバルリーダーになるためには、ファイナンスの考え方とグローバルに通用するコンプライアンスの常識は必須科目と言えます。グローバルで通用するビジネスリーダーは、自分のやりたいことを「数字」で表現できます。数字で上司、出資者を説得できます。日本人の平均値として、「数字」での説得より、「想い」での説明、説得になりがちです。良し悪しの問題ではありませんが、グローバル競争では、「数字」で表現できないと勝てないと思っています。また、コンプライアンスについては、日本はあまりにも無防備です。クローバルスタンダードは日本では「そこまで不要」と考えられがちですが、もはやボーダーレスと多様性の社会に突入しているわけで、「日本は別」はあまりにもお粗末ではないでしょうか。塾生には、ファイナンスとコンプライアンスは、決して経理財務や法務部門の専門家のエリアではなく、グローバルビジネスリーダーになるための必要最低限のベースであることを学んでもらいました。

 
 最後のお楽しみとして、夕方に、スペシャルゲストとして、河合薫さんにミニ講演をしていただきました。ANAのCAー>気象予報士資格取得ー>ニュースステーションのお天気お姉さんー>東大医学部博士号取得の多彩なキャリアを経て、現在は、健康社会学者として、東大講師・日経BPコラムニスト・TVコメンテーターとして大活躍されています。女性としてのキャリア形成のロールモデルを塾生に語っていただき、特に女性の塾生・オブザーバーには、良い刺激となったことと思います。河合さん、有難うございました!


 ラップアップとして、塾生、オブザーバー、アドバイザー一人一人が、今日の感想、想い、気づき、コミットメントを「一言」ホワイトボードに書き記しました。各自、一日を通じて学んだことは異なりますが、書き記すことで、それが明確に頭に刻み込まれます。私が書き記した一言は、「個を磨く」です。これは、久野塾のミッションです。個人の理論、実践、対人関係力というリーダーシップスキルを磨き上げることで、日本の「リーダーシップの総量」(「採用基準」伊賀泰代氏著)が増えていきます。これが、日本が世界に勝て、経済成長を続け、現在の幸福を堅持できる唯一の途であると信じています。塾生には、そのリーダーの一人として大きな期待をしています。



2013年は、2月16日(土)に第1回目がスタートします。1期生からの継続6名、2期生10名の合計16名です。今回参加したオブザーバーの方々(2期生申し込み)からの感想文です。皆さん、素敵な感想を有難う!


(A.T. 女性 35歳)

12月8日、知人から紹介された久野塾にオブザーバーとして参加させていただきました。正直、ビジネス交流会のような内容かと思っており、過去の経験からあまり気が乗らないまま会場へ赴きました。最初に、隣に座っていた方と2分間のヒアリング後、他己紹介を行いました。人前で話すことに過信していた私は完全に叩きのめされました。今までに経験したことのない極度の緊張に陥り、さらに動悸まで走る始末。実力不足を痛感しました。経営者という立場で丸4年突っ走ってきた私は、謙虚な気持ちや学ぶ姿勢を失っていたのかもしれません。自身の“傲り”に気づくことができ、ここで向上心の高い塾生のみなさんと一緒に個を磨いていこうという気持ちになりました。久野塾長のみならず、数名のアドバイザーからも適切なアドバイスをいただき、具体的なトピックに基づくビジネスの勉強をして、さらに、スペシャルゲストのお話に感銘を受け、最初に描いていた気持ちはすべてどこかに飛んでいき、参加してよかったという満足感だけが残りました。来年はこの久野塾で学び、経営者としてグレードアップしていきたいと思います。
 

(C.K. 女性 32)

今回、オブザーバーとして参加させて頂きましたが、オブザーバーとはいえ塾生と隔てなく、冒頭から他己紹介によるプレゼンテーションと、それに対して参加者全員から厳しくも温かいご指摘・アドバイスを頂くという洗礼を受けました。発表者も聴講者も全員参加で発言を求められる緊張感の中、集中力はもちろんのこと、機転をきかせる力、短時間で自分の意見をまとめる思考力、決められた時間内に必要なことを端的に伝える論理力と表現力が問われていると感じました。また、こうしたスキルは一朝一夕で身に付くものではなく、心がけと実践が必要だと痛感しました。ゲストの河合薫さんのご講演は、キャリア形成に悩んでいる私にとっては共感できる部分ばかりで、大変刺激になりました。2期生として、志の高い塾生の方々と切磋琢磨していきたいと思います。

 

(Y.N. 男性 33)

久野塾第5回にオブザーバーとして出席させて頂きました。事前に「5分間の自己紹介をして下さい」との案内を頂いておりましたので準備して望んだのですが・・・当日始まったのは、ナント「他己紹介」!!これには驚きでしたが、ビジネスではこのような事はよくある事で、そこでビジネスマンの真価が問われます。この趣向は、久野塾長一流のイタズラ心とより実戦に即した久野塾ならではの企画であると感じました。ビジネスシーンを想定した実戦的なファイナンスの講義やスペシャルゲスト河合薫さんの常に挑戦し続ける姿勢、健康生成論のお話など、全て惹きつけられるものがあり、自分の今後のビジネスキャリアを考える上での一つの指針となりました。全体を通じて、全員が意見を発表できる場が多く、当事者意識を持って参加する事ができる会は貴重だと思います。楽しみながら常に集中していた為か、一日という長いはずの時間がアッという間でした。参加者全員が非常に意欲が高く、この仲間と共に来期の2期生として参加させて頂き、久野塾の「個を磨く」というコンセプトの下、より自身を磨いていこうと思います。

 

(Y.Y. 男性 35)

今回、オブザーバーとして初めて参加させて頂きました。8年程前に現在に会社に転職し、役職にもなり徐々に責任を任せてもらえる環境が現在ではありますが、仕事内容に関しては刺激的であっても人間関係の刺激には多少の不満(疑問)を感じていた時に久野様に久野塾の事を紹介され、参加させて頂いた次第です。どのような事が起こるのかを楽しみに参加させて頂きましたが、事前に頂いていたスケジュール内容からは想定できない、活発な意見交換と参加者及び講師の方々からのアドバイスには正直驚きました。お互いのアドバイスを常に自分の物として吸収すべきという空気の中、塾生、講師の皆が常に秒単位で成長する事を意識していると感じ取れる時間でした。普段会社では受けない気持ちの良い刺激を頂き、2013年から始まる第二回久野塾への申し込みを即断しました。今度はオブザーバーではなく、塾生としての参加になりますので、更に楽しみです。
 
毎回、終了後に楽しい懇親会


2012年11月25日日曜日

♪NO.10♪ ブータンで見た「サーバント・リーダーシップ」 Vol.1

幸福の国(Gross National Happiness)の原点はここにあった!

 ブータン見聞について、3回シリーズでブログをお届けします。今回は初回です。

 11月12日から同友クラブ(経済同友会会員および会員経験者による研鑽・交流の場)主催によるブータン・ネパール視察旅行に参加してきました。参加者は総勢32名。ブータンは、昨年11月に第5代ワンチュク国王夫妻の来日、東北被災地訪問、国会演説などで、一躍「幸福の国」として有名になりました。ほとんどの日本人が国王夫妻の来日を機に、「知らない国」から「誰もが知ってる国」に180度変わったのではないでしょうか?事実、私にとっても、「興味のない国」から「一番行ってみたい国」に変わりました。


ブータン国旗Wikipediaより
 

  偶然か必然かわかりませんが、今年の1月に独立して、エグゼクテイブ・コーチとしてスタートしたこともあり、8月に同友クラブへの再入会(2007年に経済同友会に入会した際に同友クラブにも入会したのですが、1年で脱会していました)を決め、一般教養を勉強する機会に触れようとしていた矢先に、視察旅行先がブータン・ネパールと聞き、即決で申し込みをしました。

 
 
 ブータンへは成田からタイのバンコク経由のルートが最速、しかもフライトの関係でバンコクに一泊する必要があります。バンコクからはドゥルック航空(ブータン国営)でバングラデッシュのダッカ経由で4時間かかりました。ブータンへは外国機の乗り入れは禁止。ドゥルック航空のみが就航しています。140人乗り4機、40人乗り4機保有で、外国の航空会社との提携はありません(したがって、マイルの提携もなし)。バンコクーパロ(ブータン唯一の国際空港)間のAir ticket代は、成田ーバンコクよりも高いと聞き、驚きでした!また、ブータン国内の旅行は、外国人観光客には一日180ドルの課金がされますから、ホテル代に加えて、結構な負担となります。年間観光客が4万人(内、日本人はアメリカ人に次いで多く4千人~5千人)で、観光施設、ホテルのキャパの関係もあり、人数制限をしている政策をとっているとのことです。

(久野撮影@パロ空港)
 
 蛇足ですが、ドゥルック航空は、Royal Airlineということもあってか、CAの品の良さは男女問わずきっと世界一のAirlineなのだと実感。機内に乗り込んだ瞬間から、「幸福」を感じさせるブータンの観光戦略・おもてなしには脱帽でした笑。

(久野撮影@機内)
(久野撮影@機内)
  
パロ国際空港に到着してまず我々を出迎えてくれたのが国王夫妻(の大きな写真看板)でした。国王夫妻自ら先頭に立って国の観光事業のおもてなし役を買っている姿勢に感動しました。最高のおもてなしセンスですね。タラップから降りてブータンの地に足を踏み入れた瞬間に目に飛び込んできた「幸福なシーン」です。
(久野撮影@パロ空港)

 今回の視察では、ジグミィ・Y・ティンレ首相(写真上)とHome & Cultural Affairs省ミンジュル・ドルジィ大臣(写真下)と別個に会談する機会に恵まれました。これも同友会パワーだと、あらためて感激した次第ですが、これらの会談は各1時間行われ、ブータンの国家政策と国民総幸福Gross National Happinessについて直接お聞きすることができました。

首相会談(久野撮影@首相官邸)
大臣会談(久野撮影@王宮)
 
  以下、首相と大臣からお聞きしたブータンのビジョン4つの柱とGNHの9つの尺度です。国家がしっかりとしたビジョンを持ち、それを国民と共有し、その現状をGNHという尺度でモニターして、国家の成長と国民の幸せをバランスさせるという文化と統治の絶妙な政策はアッパレです。

国家の4つの柱:
1.経済的自立(2020年までに完了)
2.環境保護
3.文化の推進
4.良き統治

GNHの9つの尺度:
1.精神面の幸福
2.健康面での幸福
3.教育の充実
4.文化の多様性
5.地域の活力
6.環境の多様性と活力
7.Work & Life バランス
8.生活水準・所得
9.良き統治

 さて、ブータン見聞ブログの第1回目の締めくくりとして、首相・大臣から伺った第5代ワンチュク国王とそのお父様である第4代国王のサーバントリーダーのエピソードを紹介しましょう。

 上記の国家ビジョンやGNHの導入は第4代国王がされたそうです。17才という世界最年少の君主として就任した国王は、GNHを国是として、GNPではなく国民の幸せを最優先に国造りを進めました。教育・医療制度などを充実させ、伝統、文化や自然環境を尊重しながらも、インフラ整備を推進しました。驚いたことに、国王自ら、国会に対して国王の罷免権を付与したほか、絶対王政から立憲君主制へ移行をさせたことです。君主自らが移行させた例は世界の中でも稀なケースです。

 2006年に自ら退位して現在の第5代ワンチュク国王に譲位し、2008年に議会制民主主義による政府を選ぶための総選挙を実施。同年、すでに王位を継承していた第5代国王の戴冠式が王宮にて行われました。譲位後の第4代国王の生活は質素で、自宅は丸太小屋、カーペットは穴が開いていて、自家用車は十数年ものという話でした。また、現国王も、通勤は王宮近くの住居から徒歩通勤。住居は王妃と二人暮らしなので2LDKとのこと。自ら、襟を正す生活をされているそうです。

王宮中庭(久野撮影)

第4代国王
 
第5代国王 Wikipediaより
 
  最後に、現地で入手した第5代ワンチュク国王の戴冠式でのスピーチの一部を紹介します。

Throughout my reign I will never rule you as a King. I will protect you as a parent, care for you as a brother and serve you as a son. I shall give you everything and keep nothing; I shall live such a life as a good human being that you may find it worthy to serve as an example for your children; I have no personal goals other than to fulfill your hopes and aspirations. I shall always serve you, day and night, in the spirit of kindness, justice and equality. As the king of a Buddhist nation, my duty is not only to ensure your happiness today but to create the fertile ground from which you may gain the fruits of spiritual pursuit and attain good Karma.
 
(日本語 久野訳)
私は私が主権を握ってから最初から最後までとして皆さんを支配することはありません。私はあなたたちを実の親のように守り、あなたたちを兄弟のように手助けし、さらに息子のように尽くします。私はあなたたちにすべてを与え何一つ制約しません私はあなたたちの子供たちの手本となるような立派な人間であるように生きます。私はあなたたちの願いや望みを叶えること以外は何一つ目指していません。私は親切心、正義感、そして公平さのもとに日夜を問わずあなたたちに尽くします仏教国の王としてあなたたちの今現在の幸せを確かにするだけでなく、あなたたちが精神面での果実や良きカルマを達成できるように豊かな国土を築くことが私の使命です。


 子供たちの「手本」となるというくだりはジーンときますね。国王である前に人として手本となることを目指すという姿勢は、まさに、奉仕型リーダーシップであるサーバントリーダーです。国王自らが国民の幸福のためのサーバントを目指すというコミットメントを示して国家を統治していく姿は、我々ビジネスリーダーにとっても必須のリーダーシップスタイルだと改めて痛感した次第です。GNHを目指すブータンで、その原点を見聞できたことは、とても有意義な旅でしたし、その考え方は、私のビジネスコーチングのスタイルと共通するところでしたので、一層、感銘を受けました。

 次回Vol.2では、ブータンの国民の豊かで品格のある国民性・生活ぶりについて書いてみます。お楽しみに!(つづく)

2012年11月1日木曜日

♪NO.9♪ 久野塾 第5回目

  先週10月27日に第5回@英治出版ラボ(恵比寿)を開催しました。2月にスタートして手探りで運営してきましたが、塾生の白熱する議論と全員がプロのビジネスコーチの資格を有する現役の社長、役員の厳しくもあたたかいアドバイスが、世代のギャップを超えて、まさに「無から有」を創り出しています。


  
  今回のテーマは、「ソリューションビジネスの神髄とは?」でした。結論からいうと、「ソリューション」には一つの定義にとどまらず様々な意味があり、各自がそれを上手くビジネスや日常生活に活用することが付加価値として評価され、相手のWinと自分のWinを両立させる・・・・ということが全員で気づき且つシェアすることができました。また、元外資系役員の吉田彰さんから、ご自身の豊富な営業経験から、失敗事例や修羅場を通してのソリューションの神髄を語っていただき、塾生にとって貴重な機会となりました。
  
  

 最後に、塾長の私から、「ソリューションビジネスのパラダイムシフト」として、「貢献の競争が付加価値のパラダイムを生む」という話をしました。「Fee on free」の考え方でLinuxやアップルのiアプリのモデルになっているものです。まさに大きなビジネスを創造できるシンプルで画期的モデルですが、詳細は塾生のみに伝授しました!(笑)
 

 塾の白熱ぶりは、今回参加していただいたオブザーバーの方々(久野塾では必ずオブザーバー参加していただいてから来年の参加を決めていただく方針です)からの感想をご覧ください。
 
T.S. 38 男性)

今回、久野塾にオブザーバーとして参加させていただき、たくさんの気づきをもらうことができました。今回のテーマである「ソリューションビジネス」についての議論は私が思い描いていたそれの定義をがらりと変えてしまいました。私は業務でソフトウェアの保守サポートチームのリーダーをしていますが、実情は不具合を修正することで手一杯の状況です。しかし、そんな状況においてもソリューションを提供し、お客様とWin-Winな関係を築いていける可能性に気付かされました。早速、この気付きを自分のチームに取り入れ、それを目指せるチームビルディング、メンバー育成を進めたいと思います。実際、職場を離れてこれだけのフィードフォワードを得られる場はなかなかありません。自分のスキルアップもそうですが、モチベーションの高い人たちに囲まれる経験はとても貴重と感じました。塾のコンセプトである「個を磨く」という部分でも他にはない経験を積める場だと感じました。自己啓発として学問を学ぶこととは違い、自分の考え方を磨く、そしてそれを表現することを磨くことができる場は他にありません。ぜひ来期、参加させていただこうと思います。


S.O  35歳 男性)

私のビジョンは、「日本のおもてなし文化を競争力にし、世界で勝負する。そして、日本を、日本人を変えること。」です。「スピード感」と「イノベーション力」がその源泉となります。その為に、1. 人脈の質の追求 2.貢献を競争する仕組み作り 3.他者に気づきを与える寛容さと、与えられる感受性ということを理念として掲げています。私は起業を志していますが、久野塾で一日過ごさせて頂き、上記150文字程度の文章に、自分の考えを整理することが出来ました。久野先生始め、超豪華な講師陣の指導力の素晴らしさに加え、参加している塾生やオブザーバの方々の意欲の高さ、そして、謙虚さにはとても刺激を受けました。右脳と左脳を最大限にリンクさせて、考えることのできた1日となりました。私は、二期生として応募することを決意しました。たくさんの方々と出会い、語らうことができる場に参加することが、今から楽しみでなりません。よろしくお願いします。

 
S.H. 37歳 男性)

1027日のグローバルリーダー養成講座、久野塾第5回にオブザーバーとして出席させて頂きました。当日は1人5分間の自己紹介からはじまり、現受講生、アドバイザー、塾長から普段の会社生活では受けられない厳しく、実践的なアドバイス(久野塾ではフィードフォーワードという言葉を用いていた)を受けました。一人一人が発言する機会が多く、個を鍛えるための時間を経験できます。私も自己紹介をしましたが、表情が硬い、もっと笑顔で話をすると親近感が得られるなど貴重なコメントを頂きました。久野塾は上昇志向を持ったリーダー達が更に自らを研ぎ澄ます場だと感じました。ほぼ7時間も集中するため、受講後はかなりの疲労感もありましたが、翌週からは塾で受けたインスピレーションが仕事へのモチベーションに繋がり自分自身に良い影響を与えてくれたのは明らかです。また来期の久野塾には参加したいと決心した次第です。


K.T. 35歳 男性)

1027日に久野塾 第5回に参加させて頂きました。先ず驚いたのは、オブザーバー全員が一人5分間の持ち時間で自己紹介をするということです。しかもその自己紹介の内容を参加者全員からフィードバックして頂けるという特典付きです。(笑)自分の話す内容を考えつつも、他の方へのアドバイスのポイントを探しながら聴き、普段以上に頭を使いました。自己紹介の後は今回のテーマである【ソリューションビジネスの真髄】について塾生の方の発表です。発表ごとにアドバイザーの方の鋭い指摘と塾長のからの解説があるのでテーマを色々な視点から考えることができます。テーマについての発表の後はスペシャルゲストによる講演で更に理解を深め、最後は塾長によるその日の総括で完全に腹落ちするという仕組みです。久野塾では塾長による一方的な講義ではなく全員で考え、議論することでテーマの本質により迫りやすくなると思いました。自らの課題であるビジネスパーソンとしての『個の力』を磨き上げる最高の環境であると感じ価値ある時間を過ごすことができました。



  2012年の最終回は12月8日(土)9:30~17:30@英治出版ラボで行います。2期生候補のオブザーバーも数名参加が決まっています。テーマは、「ファイナンスとコンプライアンスの視点」です。講師は、国際税理士でジャパン・ホテル・リート・アドバイザーズ株式会社代表取締役社長の鈴井博之さん(略歴下記)です。超一流のファイナンス・コンプライアンスのプロの講師が、塾生に「ビジネスで必要なファイナンスとコンプライアンスの考え方、リスクマネジメント等」を事例をまじえながらわかりやすく説明してくれますので、期待ください!
*鈴井博之講師の略歴
1988年から8年間、大手会計事務所であるKPMGにて税理士として国際税務業務に従事。その間、1991年から約3年間はKPMGスペイン・マドリッド事務所の日本企業担当責任者として勤務。その後1996年から8年間、サン・マイクロシステムズ(株)の経理財務本部にて統括部長を務める。2004年、米ゴールドマン・サックス・グループに転身し、日本初のホテル特化型上場不動産投資信託(J-REIT)であるジャパン・ホテル・アンド・リゾート投資法人(JHR)の設立に尽力。2005年に本JHRの資産運用を請負うジャパン・ホテル・アンド・リゾート株式会社の取締役管理本部長に就任、2007年には同社代表取締役へ就任する。
さらに、2012年4月、JHRと日本ホテルファンド投資法人との合併を実現。現在は、シンガポールのRECAPグループの下、合併後のジャパン・ホテル・リート投資法人の資産運用会社であるジャパン・ホテル・リート・アドバイザース株式会社の代表取締役社長を務める。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 
P.S. 今週から2期生の募集を開始しました。既に数名の申し込みをいただいています。塾は少人数にこだわっており、最大15名(1期生の継続希望者含む)です。入塾ご希望の方はお早めに12月8日(土)第6回のオブザーバー参加をお申込みください。 連絡先: mhisano@mcginc.jp

2013年開催予定日:
2月16日   46 68日 83日 105日 127日 の各土曜日

 


2012年10月21日日曜日

♪NO.8♪ 社長からエグゼクティブコーチになったわけ 最終回

第六の選択: 選択の連鎖
 THE FIRST 90 DAYS』(ハーバード・ビジネススクール助教授 マイケル・ワトキンス氏著)に「本著は昇進した管理職のために、最初の90日を乗り切るロードマップを示す。この時期に信頼を勝ちとり何らかの成果を上げておくことは、長期的な成功につながる第一歩である」(同著より抜粋)という極めて深いメッセージが記されている。昇進後であれ、プロジェクトであれ、入学後であれ、最初の90日間にどう結果を出すかで、その後のシナリオが変わってくる。
 
以下、2012年1月に独立をして、私がまず実践した4つの項目である。
 
第一の実践: 人脈を整理し、活用する
第二の実践: 自ら動く
第三の実践: ファイナンシャル・プランを立てる
第四の実践: パートナーを選択する
 
具体的な実践内容については、11月25日に発売予定の『独立成功のカギ』(共著、ミラクルマインド社)の「第3のカギ」に執筆しているので、そちらをご覧いただきたい。日米の4人の有名メンター・起業家の方々と幸運にも共著者8名の一人として、独立後の90日間の奮闘ぶりを書かせていただいた。
 
 
 
 
 
=人生は選択の連鎖がもたらす結果=
 
これまでの私の人生は、誰しもが必ずしも好まない少数派の選択をしてきた結果だと思っている。言い換えれば、選択肢の中から「挑戦する」を選んできたと言えるし、根底には揺るぎない信念があった。一方を選択することは他方を捨てることであり、信念は「後悔しない」自分を作り上げる「決め手」でもある。
 
憧れのアメリカか混沌としたブラジルか、日本企業でエリート街道か外資系で一からの挑戦か、羨望のIT業界か地味な医療研究関連か、リスクの少ない経理部門か首になるかもしれない事業部長か、社長を続けるか独立か。勿論、信念を持って「選択しないという」こともあったかもしれないが、それは前進しないことであり、最もしたくなかったことである。また、今回のブログシリーズ述べた大きな選択ばかりでなく、小さな選択の連鎖が大きな選択肢のチャンスをもたらしてくれたとも思っている。

 私は、未だ独立して一年未満の駆け出しである。多くの方々のご支援もあり順調な滑り出しではあるが、起業家として、独立して成功しているか否かの解を得るのは、到底早計である。自分のブランドで価値を提供してクライアントからお金を頂戴するという経済行為は、「言うは易し、行うは難し」である。これからも多くの選択肢に直面し、その時々に、右か左かの選択をしていくことになる。

それは、より良き人生へ向かい、己のミッションを実現するための必然たるステップであり、修行でもある。「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学ぶ」というトマス・モアの格言の如く、強い信念を持って目の前のことに全力を尽くし、常に謙虚に学び続けることで良い選択肢のチャンスが現れて、ベストな選択ができるのだと思っている。その連鎖こそが、素晴らしい人生への唯一の途だと考える。

今回でシリーズ「社長からエグゼクテイブコーチになったわけ」終了となる。毎回、読んでいただいた読者の皆様にお礼を申し上げたい気持ちで一杯だ。

感謝!!(了)

2012年10月6日土曜日

♪NO.7♪ 社長からエグゼクティブコーチになったわけ Vol.4


第五の選択:独立、エグゼクティブコーチへ

2011年の7月にビジネスコーチ社主催の「コーチの神様マーシャル・ゴールドスミス氏直伝コーチングスクール」が東京で開催されるとの情報を聞き、私は30万円の2日間コースに即決で申し込んだ。これも何かの縁だったのであろうか、本来、私に直接来た話ではなく、たまたま私の知り合いの方にきたセミナー案内であったが、その方が参加できないとのことで、私にその案内が回ってきたのであった。まさに「神のお導き」だったのかもしれない。前に書いた様に、2007年にマーシャル氏の「できる人の法則」に出会って以来、なんと4年ぶりでしかもご本人から直々にコーチングの手ほどきを受けることが出来るチャンスが、その後、私の独立を大きく後押ししてくれることになる。


マーシャル氏のスクールを修了し、同社のビジネスコーチスクール6回コースに即座に申し込んだ。6講までの内、既に第2講が終了していたため、第6講からの入校という変則であったが、同社の細川馨社長の計らいで途中参加させていただくことになった。細川社長自ら講師をされていたご縁で親しくなり、その後の2011年末までの数か月間は、まさに独立に向けてのエグゼクティブコーチ修行といえる日々が続き、2012年1月に晴れて独立の一歩を踏み出したのである。このご縁で、現在、同社とパートナーシップを結び、ビジネスコーチングの普及に協業している毎日である。まったく不思議な縁である。


「エグゼクティブコーチとは何か?」の話に戻すと、一言でいえば、企業の幹部である社長、役員、部長クラスの専属のプロの家庭教師という感じだ。「企業のエリートに家庭教師が必要なの?」と不思議に思われる人もいると思うが、“イエス”である。事実、幹部には、日々、直面して処理していかねばならない課題が次から次へと湧き出てきて、しかも、それらを同時並行的且つスピーディーに解決していくことが求められる。反面、少しでも対応を間違ったり、売上利益の未達成で責任を取らされたり、部下との関係では、言い方を間違えるとパワハラに発展したりして、毎日、相当なプレッシャーの中で格闘しているのである。

 
その一方で、これらの企業幹部は、組織の中で徐々に「裸の王様」へと変貌していく。私が事業部長から社長時代の初期にそうであった様に・・・。部下には見えていて幹部には見えない領域(思考の枠)があり、それが組織の関係の質を悪化させている。思い上がり、思い込み、自分が正しいという固定観念、部下は自分の思い通りに動くという我儘、更に、それまで成しえた成功体験。それが原因となって、組織の変化へのチャレンジも減退し、イノベーション力も衰退して、その結果、企業の競争力は低下していく。それは、まさに現在の日本企業が、韓国や中国のパワーにおされている背景には、このような関係の悪化を改善できない根本的な要因があるような気がしてならない。
Wikipediaより
 

この様に毎日苦悩の連続の中で頑張っている企業幹部に後方支援をし、彼ら彼女らが更に成功を続けていくためのお手伝い役が、エグゼクティブコーチである。一対一の対面で毎回60~90分程度、12回で約6か月間の長い二人三脚での旅が始まる。回数を重ねることで、行動変革の習慣化・定着化を高め、成果に導く。

 
コーチングをスタートする前に、幹部の部下同僚・上司から360度ヒアリングという調査をコーチが対面インタビューで行う。「思考の枠」に気付かせ、幹部が自らの意思で変わる努力を継続することで、部下がそれに感動を受け、部下が変わりはじめ、組織が変わるメカニズムである。オセロゲームと同じで、鍵となるポジションを黒から白に変えることで瞬く間に多くのコインが白に変わっていく様と同じである。ただ、なかなか幹部自身が自らを黒から白へ裏返すことは困難であるので、ここにコーチのサポートの必要性がある。
 
Wikipediaより
 
一人の企業幹部が行動変革することでその組織が変わる、つまり、私がコーチとして千人のクライアントの行動変革のサポートをし、その行動が変わることで、一万人、いや十万人、もしかしたら百万人の組織が変わり、成果を上げることが出来るかもしれない。自分一人で百万人を相手に研修講師はできないけれども、千人であれば、10~15年で達成できそうだ。私のコーチとしてのミッションは、「日本人ビジネスパーソンを元気にして、日本再生に貢献する」である。百万人が元気になれば、貢献できたと言えるだろう。それを実現するためにも独立してスタート時点でつまずくことは許されない。何としても成功しなければ、という強い想いで、独立後の最初の90日間に「4つの実践」を試みた。(つづく)

2012年9月30日日曜日

♪NO.6♪ 社長からエグゼクティブコーチになったわけ Vol.3


第三の選択:企業幹部(エクゼクティブ)へ
40歳になって米系の大手医療・研究機器メーカーであるベックマン・コールター社へファイナンシャルコントローラーという役職で転職した。サン・マイクロシステムズの後、グラフィックコンピューテイングで一世を風靡したシリコングラフィックスを経てのキャリアチェンジであった。ファイナンシャルコンローラーという役職は日本企業では馴染みの薄い名前だが、所謂、経理財務部長職であり、企業の「財布」の元締め役である。当然ながら経営幹部の一員であり、当時の私のレポートライン(上司)は日本法人の社長ではなく、カリフォルニア本社のCFO(Chief Financial Officer)であった。つまり、社長のサポート役でもあるが、お目付け役という役割を持たされていた。
 
IT業界は当時ITバブル絶頂期であり、当時、仲間からは何故医療業界に転職するのか?という疑問の声も多くあったが、私は業界よりも期待されるポジションを優先する選択をした。IT業界は花形であったが、医療業界は医師や研究者との付き合いが大変という定着した地味なイメージがあり、花形を捨てた私の選択は当時の仲間からは想像つかない様であった。
 
 2年間のコントローラー経験を経て、私のキャリアの中で初めて事業本部と呼ばれるオペレーション部門のトップ(事業部長)に就任することになった。営業、マーケテイング、カスタマーサポートという三部門から成る売上・利益と顧客満足に責任を持つ、まさに企業のエンジンである。経理企画部門であれば、売上が悪くても首になる心配はないが、事業部長はそうはいかない。顧客とのトラブルにも正面から対処しなければならない心労が深いし多い。
 
 事業部長に就任当初から私のリーダーシップスタイルはトップダウン型(ボス型)であった。部門の業績が低下傾向にあったため、その立て直しに躍起になっていた。自ら顧客訪問を年間百軒以上こなし、顧客の意見・満足度を吸い上げて、経営に活かしていた。その甲斐あってか、業績は回復を見せ始めたが、その一方で、徐々に自分が「裸の王様」になりつつあったのを、まったく気づく由もなかったのである。経理のトップであるコントローラーからオペレーションのトップである事業部長へのキャリアチェンジは、もう二度と経理企画系の業務に戻ることのない「選択」であったし、その選択がその後の社長への大きな足掛かりとなった。


第四の選択:企業のトップへ

事業部長時代の功績が認められたのだと思うが、当時の日本法人社長であったアメリカ人から私へ彼の後継者(つまり日本法人の社長)にならないか、という打診があった。当時、私は45歳、外資系企業の中でもかなり若い社長として注目を浴びることとなる。その喜びもつかの間、大きな試練がやってきた。リストラである。

当時の会社は全世界的にリストラを計画しており、当然の如く、日本法人もその一定割合のリストラを要求されていた。リストラというと人員削減が真っ先に頭をよぎるが、リストラクチャリング(組織の構造や仕組みを変えること)であるので、人員削減は勿論だが、古く錆びついた構造を今後の新たなビジネスモデルに変化させるというポジティブ(前向き)な戦略が本来の意味するところである。

そこで私が採った策の一つに、「社員満足度調査」があった。別名、360度調査とも言われ、第三社のコンサルティング会社を使って、様々な角度から社員の意見を吸い上げる仕組みである。リストラクチャリングを実現させるためには、「現状」を客観的に把握する必要があると判断したからだ。最近は多くの企業も採用しているが、私は、「結果の公開」を社員に宣言するという大胆な決定をした。コンサルティング会社からは、「多くの経営者は結果を公開すると言いながらも、結果を見た瞬間にほとんどの人が公開を断念するのですが・・・」と問い正されたが、「妙な」自信に溢れていた私の決定は「GO」であった。

調査結果を見て愕然としたことを昨日のことのようにはっきりと覚えている。各質問項目のスコアは悪く、自由記載(無記名式)のコメントは、なんと700件を超え、その内容たるや手厳しいものが七割以上を占めていた。まさに、「裸の王様」が証明された瞬間だった。時期を同じくして、マーシャルの「できる人の法則」に出会うことが出来たのはラッキーだったとしか言いようがない。360度調査結果と「できる人の法則」のお蔭で、「裸の王様」から脱出できる「きっかけ」ができたのである。
 

この頃から私はリーダーシップスタイルをボス型からサーバント型へ変革することを試みることになった。とは言っても、客観的に自分を客観的に見ることは容易いことではなく、知らぬ間についつい悪癖が出てしまっていたことは、今から思えば、恥ずかしい限りである。こんな試行錯誤のもとで、社長として経営判断という重要な「選択」を日々求められていたわけで、その重圧たるや、相当に過酷なものであった。「結果が全て」とは言いたくないが、部下や親会社から見える領域は「結果」のみであり、プロセスではない。結果を早く出さなくてはならない。時間をかけられない。でも、焦ると組織が上手く展開しない。こんなある種矛盾する2つの両輪をバランスよく最高速で且つガラスの芸術品を壊すことなく進めていくことは、マネジメントの難しさでもあるし、また醍醐味でもあった。(つづく)